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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和52年(ワ)104号 判決

原告 暴力に反対し、教育と地方自治、人権と民主主義を守る芦屋市民の会

右代表者会長 松本茂郎

右訴訟代理人弁護士 木下元二

同 川西譲

同 足立昌昭

同 山内康雄

同 大音師建三

同 佐伯雄三

被告 芦屋市

右代表者市長 松永精一郎

右訴訟代理人弁護士 宇津呂雄章

同 和泉征尚

同 山上益朗

右宇津呂雄章訴訟復代理人弁護士 宇佐美貴史

主文

一  被告は、原告に対し、金一七六、五〇〇円及びこれに対する昭和五二年三月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、七六一、五〇〇円及びこれに対する昭和五二年三月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の目的と活動

原告は、

(一) 特定団体の教育への介入を許さす、憲法と教育基本法に基づく民主教育をすすめ、子供を教育の荒廃から守ること

(二) 芦屋市(以下「市」ともいう。)政の私物化をねらう同和行政の独占的管理(いわゆる窓口一本化)をやめさせ、公正で民主的な同和行政を要求すること

(三) すべての暴力を許さす、人権と民主主義を守ること

(四) 市民の統一した力で部落差別をはじめ、さまざまな差別に反対する市民の要求を市政に反映させること

を目的として、昭和五〇年三月一四日に結成された市民団体であり、その構成員として現に市民約二七〇名、五団体を擁し、右目的達成のため、調査、研究、学習、宣伝等の活動を行っているものである。

2  市民会館使用許可とその取消

原告は、その活動の一環として、昭和五一年二月一四日午後一時から同五時までの間、芦屋市業平町八番二四号所在の芦屋市民会館(以下「市民会館」という。)大ホール(通称ルナホール。以下「ルナホール」という。)において、市民向けの行事として、「国民融合をめざす部落問題全国会議」代表幹事北原泰作の解放運動に関する講演を行うべく、昭和五〇年一一月一〇日、市民会館の管理者である芦屋市長松永精一郎(以下「市長」という。)に対しルナホールの使用許可を申請し、使用料二五、〇〇〇円を納めて同日右許可を得た。さらに原告は、右の講演とあわせて、いわゆる八鹿高校事件の真実を伝えるため映画「八鹿高校事件」の上映を行うべく(以下これを「本件集会」という。)、昭和五一年二月七日、市長に対し会場使用目的の変更を申請し、同日その承認を得た。

ところが、市長は、本件集会当日の同月一四日午前一一時半ころになって、右使用許可の取消を原告に通告してきた(以下これを「本件取消処分」という。)ため、本件集会は開催不能のやむなきに至った。しかして、取消通知書によると、右処分の理由は、別紙(一)記載のとおり、芦屋市民会館条例(以下「条例」という。)一三条九号に基づくものであった。

3  市民会館使用の不許可

原告は、その後総会もしくは役員会を開催すべく、市長に対し次のとおり市民会館の使用許可申請を行ったが、いずれも不許可とされたため市民会館の使用ができなかった(以下これらの不許可処分を「本件不許可処分」ともいい、これと前記取消処分とをあわせて「本件処分」ともいう。)。

(一) 昭和五一年(以下同じ)五月二四日申請

使用期日 六月四日

役員会(会場一〇一号室)

六月一六日

総会(会場三〇一号室)

六月一日にいすれも不許可

(二) 六月二一日申請

使用期日 七月二二日

総会(会場三〇一号室)

八月一一日

役員会(会場一〇四号室)

七月一四日にいすれも不許可

(三) 八月二日申請

使用期日 八月三〇日

役員会(会場一〇三号室)

九月一六日

役員会(会場一〇五号室)

八月三〇日期日分は八月二三日に不許可

九月一六日期日分は九月一〇日に不許可

しかして、不許可通知書によると、右各不許可処分の理由は、いずれも別紙(二)記載のとおり、条例六条五号に基づくものであった。

4  本件処分に至る経緯

(一) 部落解放同盟芦屋支部(以下「同盟芦屋支部」または単に「同盟」と略称する。)は、昭和四六年、芦屋の枠外入学問題で市教育長に差別発言があったとして同教育長を糾弾し、その身柄を預った(教育長に辞表を提出させた)のを皮切りに、次々と市の幹部職員、市長、市会議員らを糾弾してこれらを屈服させ、その結果市に「部落解放同盟の方針に沿って解放行政を行う。」との約束をさせた。以来、同盟芦屋支部は、市の同和行政を独占的に管理し(同盟の組織を通じなければ、同和事業の諸制度を利用できないいわゆる窓口一本化)、市財政の私物化や「解放教育」と称する教育への介入を行う等、不公正かつ非民主的な行政を市に押しつけてきた。そして、兵庫県各地で、同盟や市当局の不公正な行政を批判する者に対し、集団で暴力をふるったり脅迫することにより、右批判を封じてきた。

これらの同盟の不公正、非民主的な同和行政の押しつけや、教育への介入、暴力、利権路線に対し、教育と人権、民主主義を守る各地の市民組織等が中心となり、事の真相を訴え、批判の声を高めてくると、同盟は、各自治体に対して圧力をかけ、これらの団体が公の施設を利用することを妨害し始めたため、兵庫県下の多くの市町村において、一時、同盟の圧力に屈した自治体が、同盟を批判する団体や集会には、一切公の施設を利用させないという暴挙を行うという事態も発生した。

(二) これに対し、原告は、前記のとおりその活動の一環として、正しい同和行政、同和教育のあり方について市民に広く知ってもらうとともに、あわせていわゆる八鹿高校事件の真実を訴えるため本件集会を企画し、そしてこれを成功させるための宣伝活動を行う中で、多数の市民の関心と期待が寄せられるようになった。

(三) ところが、市民の期待が広がるにつれ、真実を市民に知られることを恐れた同盟が、市長に圧力をかけたため、これに屈した市長は、前記のとおり本件集会の開始時刻直前になって、突然会場使用許可の取消を原告に通告してきた。これは、裁判所に執行停止の手続をとる時間的余裕を原告に与えないことをもくろんでなされた極めて悪質なものであった。

(四) 右の取消に対し、多くの市民から、憲法に規定された言論、集会、結社の自由を侵す反民主的、ファッショ的暴挙であるとの批判が高まり、また労働組合や原告から追及を受けたため、市長は態度を改め、同年二月二七日、「あらゆる行政、同和教育を含めた市行政の方針と異なる意見を持つ者にも公共施設の使用を認める。」との見解を表明し同年五月一七日の市職員労働組合と現業労働組合の両組合との交渉においても、同旨の見解を述べた。

しかるに、同月二四日、同盟が市長や市幹部に対し長時間にわたる糾弾を加え、原告に対して公の施設の利用を一切認めないことを市長らに確認させたため、同月二六日市長は、再び「原告は差別を助長拡大し、基本的人権を阻害する団体だから公共施設の使用は認めない。」と先の見解を翻するに至り、それ以来今日まで、原告に対して市の施設の使用を一切許可しないという異常な事態を続けている。

5  本件処分の違法性

(一) 憲法違反

本件処分は、いずれも原告が、同盟と連帯している被告の同和行政に批判的な立場をとっていることを唯一最大の理由としてなされたものである。しかして、憲法二一条によって保障される集会、言論、表現の自由が国民の基本的権利であり、民主主義の根幹をなすことは多言を要しないばかりか、部落解放運動には現在いくつかの潮流があり、今日では、同盟の非民主的同和行政の押しつけ、教育への介入、暴力、利権路線が、多くの批判を浴びていることは周知のとおりであり、同盟を批判したからといって差別をばらまくものではないことはいうまでもなく、かえって真の部落解放のためには、同盟のやり方を批判しこれを正すことが不可欠であるといえる。したがって本件処分は、いずれも原告が市民会館において開こうとした集会の内容自体を理由になされ、しかも原告の正当な批判活動を封じようとするものであるから、憲法二一条に違反する。

(二) 地方自治法違反

市民会館は、市が住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するために設けた施設であって、地方自治法二四四条一項にいう「公の施設」であるから、同条二項により、正当な理由がない限り、住民が利用することを拒んではならないものである。そして、ここにいう正当な理由とは、利用者間の調整をはかるためなどのほか集会、言論、表現の自由の侵害を受忍せしめるに足りる程度の正当性を有するものでなければならない。したがって、ある一定の団体について、その考え方が違うからというような理由で全面的に施設の利用を拒むなどというのは、何ら合理的理由もない極めて恣意的なものといえるから、同条二項、三項に違反することは明らかである。

(三) 条例違反

右のとおり、原告の目的や集会の内容を理由に市民会館の利用を拒むことは、憲法、地方自治法に違反するから、当然条例の取消、不許可規定にも該当しないことになる。

なお、市民会館使用許可の取消または不許可をなしうる場合として、条例六条一号は「公共の秩序および風紀を乱し、または公益を害するおそれのあるとき」、同条五号は「その他市長が不適当と認めるとき」、同一三条九号は「その他管理上必要と認めるとき」と規定しているが、原告が市民会館の本件各会場を使用するについて、右規定の適用を必要とするような事情は全く存在しなかった。

すなわち、原告は、結成以来本件集会までの間、何回となく市民会館、竹園集会所、打出集会所(いずれも市の施設)及び浜芦屋会館を借り受け、平穏に役員会や学習会などを開催してきた。もっとも、原告が昭和五〇年六月二八日竹園集会所において、八鹿高校の教師らを招いて開いた学習会では、同盟員五名が押しかけて会場に居すわったので、原告会員らは場所を変更して学習会を続けたということはあったが、このときも、とりたてて混乱というほどの事態はなかった。

そして、本件集会に際しても、これに反対する同盟員や動員された一部の教師、市職員らが会場である市民会館周辺に押しかけ、妨害の宣伝を行ったが、一触即発というほどのことはなかったばかりか、予想される妨害行為に対しては、原告側も会場整理のために相当数の人員を会場付近に待機させていたほか、予め警察に警備の要請を行い、これに応じて兵庫県警察本部から多数の警察官が出動して会場周辺の警備をしていたから、仮に同盟員らが妨害行動に出ても、容易にこれを排除できる態勢にあった。さらに原告は、本件集会につき整理券を発行して、これを原告の組織を通じて集会の趣旨に賛同する者にだけ配布し、これを持参した者にだけ入場を許すことにしていたから、会場内部に同盟員らが入り込んで混乱するということはありえなかった。したがって本件集会は、十分平穏に開催できる状態にあったといえる。また、その後の役員会や総会についても、同様平穏に開催しえたはずである。

以上のとおり、いずれにしても本件処分は、条例所定の取消、不許可事由がないにもかかわらずなされたものであるから、条例の適用を誤ったものとして違法である。

6  被告の責任

市長は、被告の長たる特別職の公務員として、条例により被告が設置する市民会館を管理し、その使用許可、不許可、取消その他の処分をなす権限を有しており、本件処分も、市長が右の職務としてなしたものである。そして、本件処分がいずれも違法であることは前記のとおりであるが、行政財産の管理運用の事務に携わる市長としては、当然右処分が違法であることは熟知しているはずであるから、あえてこれをなしたのは故意によるものといわざるをえない。仮に故意とはいえないとしても、右職務にある者として少なくとも過失があったといえる。

よって、被告は、国家賠償法一条により、市長が被告の公権力の行使にあたる公務員として、故意または過失により原告に加えた後記損害を賠償する責任がある。

7  損害

(一) 原告は、本件集会の成功を期して、入場券や整理券を作成したり、ポスター掲示や宣伝カーを走らせるなどの宣伝を行っていたところ、本件取消処分がなされた結果右集会が開催不能となったため、次のとおりの損害を被った。

(1) 財産上の損害 合計八一、五〇〇円

(内訳)

イ ポスター五〇〇枚の印刷費 一〇、〇〇〇円

ロ 案内状(団体向け)一〇〇枚及び整理券、入場券各一〇〇〇枚の印刷代 一〇、〇〇〇円

ハ 広告代(兵庫民報) 五、〇〇〇円

ニ 宣伝カー費用(中止の広報も含めて二日間) 一〇、〇〇〇円

ホ 講師謝礼及び交通費 三一、五〇〇円

ヘ 八鹿高校事件フィルム借出料 一〇、〇〇〇円

ト 演壇花代 五、〇〇〇円

(2) 非財産的損害 五〇〇、〇〇〇円

本件集会の開催中止が多数の市民にも知れわたったことにより、原告は社会的評価を著しく失墜しており、その損害は五〇〇、〇〇〇円を下らない。

(二) また、前記3(一)ないし(三)記載の不許可処分のため市民会館の使用ができなかったことによる原告の右同様の非財産的損害は、不許可処分一件につき三〇、〇〇〇円として合計一八〇、〇〇〇円が相当である。

8  よって、被告は原告に対し、右損害金合計七六一、五〇〇円とこれに対する不法行為の日の後である昭和五二年三月一八日(本訴状送達の日の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

請求原因事実はすべて否認する。

条例五条は、「会館の施設および設備等を使用しようとする者(以下「使用者」という。)は、あらかじめ必要な事項を記載した申請書を市長に提出し、その許可を受けなければならない。」と規定するところ、本件において、市民会館使用許可の申請人は、いずれも原告ではなく訴外松本茂郎個人であり、かつ同訴外人が右規定にいうところの市民会館の使用者である。したがって、右使用許可に関する法律関係は、あくまでも被告と訴外松本個人との間に生じるものであって、被告と原告との間には直接の法律関係は何ら存在しない。

(被告の主張)

仮に、原告が市民会館の使用者であるとしても、本件処分は、いずれも申請の日時に市民会館の利用を許した場合、市民会館及びその周辺において民衆に衝突、混乱を生じ、不測の事態の発生が予測されたので、右事情を理由として、条例六条一号、五号(不許可処分)、一三条九号(取消処分)に基づいてなされたものであるところ、その経緯及び適法性は次のとおりである。

1 本件処分前の同和問題をめぐる状況

(一) いわゆる同和問題は、憲法の理念にのっとり、被告のみならずすべての団体が、基本的人権の保障をめざしてこれに取り組まなければならないものであり、同和対策事業特別措置法においては、その解決を国及び地方公共団体の責務として明確に規定している。

被告においても、同法及び被告の同和対策審議会答申に基づき、同和問題の解決に鋭意取り組みつつあり、また同和行政の効果的な推進を図るために、右答申に示されるごとく、地域住民の自発的意志に基づく自主的運動を行っている団体である同盟芦屋支部と緊密な連携を保ってきているが、これは、被告独自の恣意的な市政方針ではなく全国的な方策である。

(二) しかるに原告は、地域住民の自発的意志に基づく自主的運動とは何のかかわりも持たないばかりか、その設立当初から同盟芦屋支部の活動を批判、中傷、抑制することを目的とし、その活動もかかる目的に応じて行っており、むしろ部落差別を拡大、奨励、助長している。したがって、必然的に原告の活動に対する同盟側の反発が予想されていた。

2 本件処分の適法性

(一) 条例六条五号、一三条九号の規定の適用については、市長の無制限な自由裁量を認めたものではないが、同時に市長は、すべての市民に平穏かつ秩序ある状態で公の施設を供与する責務を負っている。

(二) ところで過去において、原告が竹園集会所を利用した際に、原告と同盟との対立から極めて遺憾な暴力的事態と混乱が発生したが、本件集会開催直前の状況も、右同様の対立から兵庫県警機動隊すら出動するという一触即発の事態に至っており、予定どおり本件集会が行われた場合、市民生活の平穏を乱し、他の善良な市民会館及び周辺施設利用者に多大の迷惑をかけるような混乱した事態の発生する危険が予想された。

したがって、かかる状況のもとに、市長は、市民会館の使用許可を取消したが、これは一般市民の身体、財産を守り、平穏な市民生活を維持すべき職責上も正に適切な措置であったといえる。

なお原告は、本件取消処分が通告されたのは会場使用開始時刻の一時間三〇分前であり、これは、裁判所に執行停止の手続をとる時間的余裕を原告に与えないことをもくろんだものであると非難するが、市長は、決してそのような意図で右処分を遅らせたのではなく、一旦使用を許可していることでもあり、できるだけ使用を認める方針で検討していたところ、前記の事態に立ち至ったので、やむなく使用開始直前に使用許可を取消した次第である。

(三) そして、以後の市民会館使用許可申請を不許可にしたのは、もし仮に原告らの市民会館使用を許せば、再び前記のごとき事態が発生することを危惧し、市民生活の平穏を維持せんとしたためで、右の事実は、条例六条一号に該当するか、もしくはこれに匹敵するものであり、少なくとも同条五号に該当するから、右不許可処分も適切な措置であった。

第三証拠《省略》

理由

一  原告の目的と活動

《証拠省略》によると、次のとおり認められ、これに反する証拠はない。

原告は、同盟の活動に批判的な(すなわち、同盟が昭和四六年ころから、同和対策事業のいわゆる窓口一本化を通じて、市の同和行政を独占的に管理し、また市教育長に対する糾弾等を通じて、市の教育行政にも圧力を加えて教育内容をゆがめるなど、市の行政に不当に介入してこれを不公正かつ非民主的なものにしていると考え、このような状態では真の部落解放はありえないと判断した)市民らが、市の行政を公正かつ民主的なものにすることを標榜して、昭和五〇年三月一四日に結成した市民団体(いわゆる権利能力なき社団)で、その構成員として現に市民約二七〇名、市現業労働組合を始めとする五団体を擁し、請求原因1(一)ないし(四)記載の目的を掲げ、右目的達成のため、調査、研究、学習、宣伝等の活動を行っているものである。

二  本件処分の存在とその理由

請求原因2、3について検討するに、《証拠省略》によると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  原告は、昭和五一年二月一四日午後一時から同五時までの間ルナホールにおいて、総会と、「国民融合をめざす部落問題全国会議」代表幹事北原泰作による「部落解放運動と同和行政の正しいあり方」をテーマとした記念講演を行うことを企画して、昭和五〇年一一月一〇日に、市民会館の管理者である市長に対してルナホールの使用許可を申請し、使用料二五、〇〇〇円を納入して同日右許可を得た。その後原告は、右企画の内容を広く一般市民を対象としたものに変更し、右講演を「真の部落解放への道」と題する「正しい同和行政と同和教育のあり方」についてのものとし、これとあわせて、いわゆる八鹿高校事件の真実を伝えるとの趣旨で映画「八鹿高校事件」の上映を行うこととして、昭和五一年二月七日、市長に対してその旨の会場使用目的の変更申請をし、同日その承認を得た。

もっとも、以上の申請は、当時原告の代表委員の一人であった松本茂郎(現原告代表者)の氏名を申請書の申請者氏名(個人名)欄に記載してなされたものであったが、これは法人格を有しない原告がルナホールを使用するについてその責任の所在を明示する趣旨で、便宜上当時原告の中心人物の一人であった同人の氏名を個人名欄に記載したものにすぎず、前記市民会館使用目的からしても実質的な申請者(同時に会場の使用者でもある。)はあくまでも原告であったと解されるのであり、このことは右申請書上も、団体名欄に原告の名称(但しその略称である「教育と人権を守る芦屋市民の会」)を表示してこの点を明記し、また市長も、右の使用許可や変更申請の承認、あるいは後記の本件取消処分を行うにあたっても、原告を右各処分の名宛人としていたことからも明らかである。そして、この関係は、後記の市民会館使用許可申請とそれに対する不許可処分についても同様であった(《証拠省略》によると、昭和五一年八月二三日付及び同年九月一〇日付の各不許可処分通知書の宛名の記載は、右松本個人のみになっていることが認められるが、それまでの経過に照らせば、これが、実質的な右処分の名宛人が原告であることを否定する趣旨のものとは解されない。)。なお、右不許可処分(但し同年六月一日付及び同年七月一四日付の分)に対する地方自治法二四四条の四第一項及び行政不服審査法六条三号の規定に基づく異議申立は右松本個人のみの名義でなされたが、これは、使用許可申請を右のとおり便宜上同人個人名を明記してなした都合上、同人名義で申し立てたにすぎないものと解されるのであって、右は前記判断に消長を及ぼすものではない。

2  ところが、市長は、本件集会当日になって突然本件取消処分をなし、右集会の開始時刻直前の午前一一時三〇分ころにこれを原告に通告した。そのため、集まった原告会員らは、同日午後二時ころから、市役所前の広場で右取消処分に対する抗議の集会を開いたものの、結局原告が企画し、その成功を期して準備、宣伝していた本件集会は、開催不能のやむなきに至った。

しかして、被告においては、市民会館の管理及び使用関係は条例によって規律されているところ、右取消処分は、要するに、第一に本件集会の目的が市の同和行政に分裂と混乱を持ち込むものであること、第二にルナホールの使用を認めた場合、混乱は免れず他の利用者に著しい迷惑を及ぼすような重大な事態の発生が予想されたこと、を理由とし、右事由が条例一三条九号に該当するとしてなされたものであった。

3  その後原告は、請求原因3(一)ないし(三)記載のとおり、総会もしくは役員会を開催すべく市民会館の使用許可を申請したところ、市長は、同記載の日にいずれもこれを不許可にした。

しかして、以上の不許可処分は、要するに、原告が市の同和行政に混乱を持ち込み、差別を助長拡大するものであることを理由とし、付随的に、市民会館の使用を認めた場合不測の事態の発生が予想されたことをあわせ考慮し、右事由が条例六条五号に該当するとしてなされたものであった。

三  本件処分の違法性

1  市民会館は、地方自治法二四四条にいう「公の施設」であるから、本来広く住民の利用に供されるべきものであり、地方公共団体は、正当な理由がない限り住民がこれを利用するのを拒んではならない(同条二項)。

ところで前認定のとおり、本件取消処分は条例一三条九号を、本件不許可処分はいずれも同六条五号をそれぞれ根拠とするものであった。しかして、《証拠省略》によると、条例一三条九号は、市長が市民会館の使用許可の取消等をなしうる事由として「その他管理上必要と認めるとき。」を、同六条五号は、市長が使用許可申請を不許可となしうる事由として「その他市長が不適当と認めるとき。」を各規定していることが認められる。したがって、本件処分の適否は、これが右条項に規定する要件に適合するか否かによって判断されるわけであるが、右条項を適用するにあたっては、市長の自由裁量に委ねられるものではなく、地方自治法二四四条二項に定める通り、市民会館の使用を拒否すべき正当な理由の存することが必要である。

2  そこで、右の観点にたって、まず本件取消処分の適否について検討する。

(一)  本件集会が開催不能になるまでの経緯について案ずるに、前認定の諸事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 原告が結成された当時、同盟と同盟の方針に反対する勢力との間においては、昭和四九年一一月二二日八鹿高校で、双方の対立が暴力事件にまで発展(いわゆる八鹿高校事件)するなど、兵庫県下でもいくつかの紛争が起こっていたが、原告の開催した集会(役員会、学習会等)に関しては、昭和五〇年六月二八日、市の施設である竹園集会所に原告会員らが集まって八鹿高校事件の学習会を開いた際、その開催に反対する同盟員五名が右学習会に参加して抗議したため、やむなく会場を同集会所の別の部屋に変えることになった(但し暴力事件には至っていない。)以外は、本件集会に至るまで(右竹園集会所の件以後も含め)、いずれも市民会館のほか竹園集会所、打出集会所などの市の施設や民間の施設である浜芦屋会館などを使って、何らの妨害等を受けることもなく平穏に開かれてきたものであった。

(2) このような状況の中で、原告は、前記の内容の本件集会を企画したのであるが、これに対して同盟芦屋支部は、昭和五一年一月七日ころ右集会の開催を知り、執行委員会で対応策を協議した結果、右集会がむしろ部落差別を助長するものであると判断し、その開催を阻止するとの方針を決める一方、市長を始め市当局に対し、数次にわたって直接間接に、市民会館を右集会に使用させないよう強く申し入れた。しかし、これに対して市当局は、この段階では明確な回答はしなかった。

(3) そこで、同盟芦屋支部は、本件集会前日の同年二月一三日に開かれた執行委員会において、右集会の開催阻止の方針を再確認し、右開催を中止させるようさらに市当局に働きかける一方、自らの手で右集会の開催を阻止すべく、同盟員に動員指令を出すとともに、市同和教育協議会や、解放教育に熱心な教師等の同盟の支持者らにも、右阻止行動への協力を要請した。

(4) これに対し原告は、本件集会に対する同盟の妨害行動を予想して、本件集会を開催するにあたり、予め原告会員や協力関係にある団体を通じて整理券を配布し、この整理券を所持する者のみ会場内に入ることを認めることとして、会場内での混乱が起こらないように配慮していたほか、同月一二、一三両日には前もって芦屋警察署に警備の万全方を要請し(右集会当日の午前中にも、念のために重ねて同署に右の要請を行っている。)、これに応じて同署及び兵庫県警察本部は、本件集会当日の午前一〇時ころには、警備用の装甲バス数台等に分乗した機動隊を始め多数の制・私服の警察官を、市民会館周辺に出動させて待機させていた。

(5) しかして、本件集会当日の午前一〇時前ころから、同盟芦屋支部の前記指令によって動員された同盟員らを始め教師、市職員、市議会議員らが多数市民会館付近に集まり始め、その数は二〇〇名以上(但し必ずしもその全員が、本件集会の開催を阻止するために集まったものではなく、その中には、専ら事態の推移を見守るために集まった者も相当数含まれていた。)にも達した。さらに、ルナホールへ通じる四か所の入口には、それぞれ何人かずつの同盟員らが立ち、原告会員らの入場を阻止する態勢をとった。もっとも、集まった同盟員らは、一部にゼッケンや腕章をした者がいた以外、旗ざお等時と場合によっては凶器となりうるような物は全く所持してはおらず、また、右ルナホール入口に立った者も、特段スクラムを組むような態勢まではとってはいなかった。

(6) 他方、本件集会への参加を予定していた原告会員らは、同日午前一一時ころから市民会館付近に集まり始めたが、この段階では、同盟員らとの間で、少なくとも暴力にまで及ぶような緊迫した事態は生じていなかった。そして、前記のとおり同日午前一一時三〇分ころ本件取消処分が原告に通告されたが、その後同日午後一時ころ、原告を支援する市議会議員が、市民会館付近で右取消処分に抗議する演説を始めたところ、同盟員らが同議員を取り囲み、右演説をやめるよう激しく抗議するという一幕があり、その際一部に口論や着衣を引っ張る等のこぜりあいが生じはしたものの、これもそれ以上の事態に発展するには至っていない。

(7) なお、本件集会当日、市民会館本館では、他の集会も予定されてはいたものの、本館は、入口がルナホールの入口とは約二〇ないし二五メートル離れて向かいあって別個に存在しており、ルナホールの使用状況とはほとんど関係なく使用できる構造になっていた。また、ルナホール及びその地下にある小ホールでは、本件集会以外の催物は予定されてはいなかった。

(二)  しかして、前記のとおり本件取消処分が条例一三条九号(その他管理上必要と認めるとき。)に該当するとする第一の理由は、本件集会の内容それ自体に不当性ないし違法性が存するというものであるが、右認定事実によると、本件集会は、同和行政、同和教育に関する被告の施策に批判的な原告がその見解を広く市民に訴えるために企画したものであるから、このような集会の自由は、民主政治を支える最も重要な基本的人権の一つとして憲法二一条により保障されるところであり、市民会館の管理者である市長が、このような集会に対し、その内容の当否を理由に市民会館の使用を拒否するためには、右集会の目的、態様等が一見して公序良俗に反するとか、公益を害することが明らかであるなどの特段の事情の存することが必要であり、このような事情のない場合は、右使用を拒否すべき正当な理由がないものと解すべきである。本件の場合、右認定事実および弁論の全趣旨に徴すれば、原告と被告及び同盟との間に部落解放を実現するにあたっての理論ないしは方法論の相違からくる対立の存することが認められるが、右見解の相違のゆえに一方の当事者である原告の目的や活動、したがって原告の主催する本件集会の目的や態様が一見して公序良俗に反するとか公益を害するとかいうようなものであるとは到底認められないから、市長が一方の見解のみを是とし、これに対する批判の機会を封じるがごとき処分をなすことは、民主政治の基本理念に照らし到底許されるものではない。してみれば、本件取消処分の第一の理由は、市長がその管理の必要上市民会館の使用を拒否しうる正当な理由に該当しないものというほかはない。

また、右処分は、本件集会が開かれた場合、混乱等の重大な事態の発生するおそれがあったことを条例一三条九号に該当する第二の理由とするものであることは前記のとおりであるが、右認定事実によると、本件集会当日の市民会館付近の状況は、右集会の開催に反対する多数の同盟員らが右集会阻止のため会場である市民会館周辺に集まり、不穏な状態にあったことはうかがえるものの、原告の準備、当時の警察による警備の状況、同盟員らの対応等に照らし、右集会が予定どおり開催されたとしても、会場内外において、当時会場近くに待機していた警察力をもってしても対処しえないような不測の事態が生じたものとは到底認められない。なおこの点に関して、《証拠省略》は、同盟芦屋支部としては、本件集会を阻止するためには流血の事態も辞さなかった旨供述するが、本件において、白昼しかも衆人環視の中で公然とそのような行為が敢行されえたとは認め難く、右供述を是認することは到底できない。してみれば、市長が右事態の発生を危惧したのは、何ら具体的な根拠のないものというほかはないから、本件取消処分の第二の理由も、市長がその管理の必要上市民会館の使用を拒否しうる正当な理由には該当しないものといわなければならない。

以上によれば、本件取消処分は、正当な理由がないにもかかわらず条例一三条九号に基づいてなされたもので、条例の適用を誤った違法な処分であったといわねばならない。

3  次に、本件不許可処分の適否について検討する。

(一)  本件取消処分の後の状況について案ずるに、前記二に認定した事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 昭和五一年二月二七日、原告の友好団体である市職員労働組合と原告の構成団体である同現業労働組合は、市長との交渉において、本件取消処分は反民主的なものであるなどとして市長を追及したところ、これに対し市長は、市の行政方針と異なる意見を持つ者にも公共の施設の使用を認める旨の回答をした。

(2) ところが、原告が同年三月二一日に、前記竹園集会所を使用しようとしたところ、これを不許可とされるなどしたため、前記両組合は再度市長を追及したところ、同年五月一七日に市長は、再び、原告の公共施設の使用は認めるべきであったとの見解を表明した。そして、同月二三日に原告は、市民会館一〇一号室の使用許可を得て、従前の役員会と同様平穏のうちに役員会を開催することができた。

(3) ところが翌二四日、市長は、同盟芦屋支部との交渉で追及を受け、原告に市の公共施設の使用を一切認めないとの方針をとるに至り、以後前記二3記載のとおり本件不許可処分をなしたのを始め、原告に右施設の使用を全く許可しないでいる。

(4) もっとも、同盟芦屋支部としては、原告の会員のみによる内部的な会合までも実力で阻止する意向は持っていなかった。

(二)  しかして、前記のとおり本件不許可処分が条例六条五号(その他市長が不適当と認めるとき。)に該当するとする理由は、原告の目的や活動に不当性ないしは違法性が存するというものであるところ、原告申請にかかる市民会館の使用目的は、いずれも役員会等の原告の内部的な会合であるが、これらについても、原告の目的を実現するための活動の一環として、憲法二一条の保障するところと解されるから、市長がこのような会合に対し、その内容の当否を理由に市民会館の使用を拒否するためには、本件取消処分について述べたのと同様、右会合の目的、態様等が一見して公序良俗に反するとか公益を害することが明らかであるなどの特段の事情の存することが必要であり、このような事情のない場合は、右使用を拒否すべき正当な理由がないものと解すべきである。してみれば、本件不許可処分の理由も、市長が不適当と認めて原告の市民会館の使用を拒否しうる正当な理由とはなりえないことは、本件取消処分について説示したところと同様である。

さらに、付随的に考慮された不測の事態の発生する危険についても、右認定のとおり、同盟芦屋支部としては、原告の内部的な会合までも実力で阻止する意向は持っておらず、また過去にも、右のごとき原告の会合において、第三者の妨害行為により不測の事態の発生した例のなかったことは前認定のとおりであり、これらに照らして、市長が右事態の発生を危惧したのは、何ら具体的な根拠のないものというほかはない。

したがって、本件不許可処分も、市長が不適当と認めて原告の市民会館の使用を拒否しうる正当な理由がないにもかかわらず、条例六条五号に基づいてなされたもので、条例の適用を誤った違法な処分であったといわねばならない。

四  被告の責任

叙上認定事実によれば、市長は、市民会館の管理にあたる被告の公務員として、市民会館の使用の許否を決するにあたり、当然に要求される判断を誤り右のとおり違法な処分をした点において、少なくとも過失があったものといわざるをえないから、被告は、国家賠償法一条一項により、市長の職務上の右違法行為によって原告が蒙った後記損害を賠償する責任がある。

五  損害

1  財産的損害

前記のとおり、原告は、本件集会の成功を期して準備、宣伝していたところ、本件取消処分により右集会は開催不能のやむなきに至ったのであるが、《証拠省略》によると、原告は、右準備・宣伝(本件集会中止の広報も含む。)等のために、請求原因7(一)(1)イないしヘ記載の出捐をなしたことが認められるから、原告は、本件取消処分により右の額の合計七六、五〇〇円の損害を蒙ったものといえる。しかしながら、原告がこの額を超える財産的損害を蒙ったことを認めるに足りる証拠はない。

2  非財産的損害

原告は、前記のとおりいわゆる権利能力なき社団であるところ、このような社団も、その構成員から独立した社会的存在を有して活動する団体である点では法人と同一であるから、そのような社会的地位に伴う一定の社会的評価、信用等を有するものといえる。したがって、これを違法に侵害されたときは、加害者に対し、社会的評価の低下等による非財産的損害の賠償請求をなすことが認められるべきである。本件においては、既に検討したような市長の違法な本件取消、不許可処分(本件処分)により、原告はその社会的評価の低下等の非財産的損害を蒙ったといえるから、原告は被告に対し右損害の賠償を請求することができる。そして、本件においては、右損害額の算定にあたっては、前記一連の本件処分を一体のものとしてみて、それにより原告の蒙った右のごとき損害を、原告の社会的地位、活動、本件処分の態様とその理由等諸般の事情に照らして考察するのが相当であり、叙上認定の諸事実を総合すると、右損害額は一〇万円と評価するのが相当と認められる。

六  結論

よって、原告の本訴請求は、被告に対し、一七六、五〇〇円とこれに対する不法行為の日の後である昭和五二年三月一八日(本訴状送達の日の翌日であることは記録上明らかである。)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については、その必要がないものと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本慶一 裁判長裁判官中田耕三、裁判官岡田雄一は転任のため署名押印することができない。裁判官 坂本慶一)

〈以下省略〉

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